正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その九十

 前回までで行仏威儀の巻は終わり。

 坐禅して大宇宙の真理と一体となって行動する。その時には、全天全地が真実・真理を示ている。本来大宇宙の真理に満ち溢れているのだが、坐禅した心身でないとそのことは分からない。坐禅して大宇宙の真理と一体となって行動する。そこに威儀が生ずる。

 貧弱な脳味噌が生み出す妄想を素晴らしいものだ、正しいものだと信じ込み、妄想に振り回されている。それが現在の世の中ではなかろうか。

 オリンピックだ、コロナだ、アフガニスタンだ、と騒いでいるが、妄想に憑りつかれた妄言ばかりに見える、政府・与党も野党も報道機関・メディアも、それぞれがそれぞれの妄想に憑りつかれ、自分の妄想が正しいと叫んでいる。

 正気に戻りなさい。いったい今起こっている事実は何なんですか?それすら妄想で歪めてしまっているのじゃないだろうか。

 言葉はもういい。

 坐禅して本来の面目に立ち返り、大宇宙の真理の下行動しましょう。