正法眼蔵がなければ死んでいた 正法眼蔵を手に取ってからその十三

 さて「体感」した私はどうなったか。
 さすがに会社も音をあげた、呆れ果てたのか、出向して3年ほどで異動になった。出世では勿論なく、左遷とも言えない微妙なものだった。私は特に感じるものはなかった。まあ、こういうもんだろう。
 事業はその2年後継続が断念され、今は跡形もない。起点が間違っていてそれを修正しなければ当然の結末。正法眼蔵の「深信因果(しんじんいんが)」の巻に因果論、因果の理法が説かれている。「因果」は「原因と結果」ということ。間違った起点が「原因」で消滅が「結果」。正法眼蔵には「造悪のものは堕し(ぞうあくのものはだし)、修善(しゅぜん)のものはのぼる。毫釐(ごうり)もたがはざるなり」とある。要はいいことをすればいい結果になり、悪いことをすれば悪い結果になる。このことはきっちり決まっていて違うことはない、ということ。ただし、結果が出るのに、すぐに結果が現れる場合、しばらくたってから現れる場合、長い時間がかかってから現れる場合がある(正法眼蔵「三時業(さんじごう)」)この事業の場合、消滅という結果が現れるのにはそれだけの時間が必要だったということだろう。
 もちろん上記のようなことは、今だから書けるのであって、当時は「ほらみろ、やっぱり」くらいしか思っていなかった。
 坐禅して、正法眼蔵を読み続けている自分はどうなったか。今なお、感情の起伏は大きく、対人恐怖・人間嫌い(人混みが嫌い、電車に乗りたくない、プライベートな付き合いなど真っ平ごめん)世の中で言えば変な人間。子供たちの中の一人からは「嫌いだ」と言われている。これも私の言動が原因でまさに因果の理法そのもの。子供たち全員に対し、本当にすまないことをしたと胸を締め付けられるような思いを持っている。これは妻に対しても同じ。家庭人として立派な人間には程遠い。職業人としては、私は恥ずべきことはしていない、成果は出していると自分自身では納得しているが、組織の評価は低く、いわゆる「出世しない落ちこぼれ」であって、職業人として成功者ではない。
 坐禅しても、正法眼蔵を読んでも、意味ないじゃないかと言う人もいるだろう(言う方が普通だと思う)。
 しかし私はこう思っている。坐禅正法眼蔵がなければ、もっとひどい、どうしようもない人間になっていた。感情の起伏が大きいから自殺もしかねなかった。
 今の程度ではあるが、何とか生きてこられたのは、坐禅正法眼蔵があったからこそ。だから「正法眼蔵がなければ死んでいた」のである。
 こんな程度の人間だけど、次回以降、自分なりの正法眼蔵について書いていきたいと思う。厳密な語釈や解釈ではなく、私が個人的に感じたこと、経験したことと照らして思うことを書いてみたい。死ぬまでには正法眼蔵全巻について書ければと願う者である。