正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その十六

岩波文庫186、187ページ「しかあればすなはち、この明珠の有如無始(うにょむし)は無端(むたん)なり。尽十方世界一顆明珠なり、両顆三顆といはず。全身これ一隻(いっしゃく)の正法眼(しょうぼうげん)なり、全身これ真実体(しんじつたい)なり、全身…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その十五

岩波文庫186ページ「「玄沙曰、知、汝向黒山鬼窟裏作活計」。しるべし、日面月面(にちめんがちめん)は往古(おうこ)よりいまだ不換(ふかん)なり。日面は日面とともに共出(ぐしゅつ)す、月面は月面とともに共出するゆゑに、若六月道正是時、不可道我姓…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その十四

岩波文庫185、186ページ「古仏為汝説(こぶついにょせつ)するには異類中行(いるいちゅうぎょう)なり。しばらく廻光返照(ういこうへんしょう)すべし、幾箇枚(きこまい)の用会作麼(ようういそも)かある。試道(しどう)するには、乳餅(しゅうひん)…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その十三

岩波文庫185ページ「僧曰、尽十方世界是一顆明珠、用会作麼(ようういそも)。いふべし騎賊馬逐賊(きぞくばちくぞく。賊馬(ぞくば)に騎(のっ)て賊(ぞく)を逐(お)ふ)なり。」 僧が言った「大宇宙は輝く一つの珠です。理解してどうしようというので…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その十二

岩波文庫185ページ「「玄沙来日問其、尽十方世界是一顆明珠、汝作麼生会」。これは道取す、昨日説定法(さくじつせつじょうほう)なる、今日二枚をかりて出気(すいき)す。今日不定法(こんにちせつふじょほう)なり、推倒昨日点頭笑(すいとうさくじつてん…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その十一

岩波文庫185ページ「いはゆるの道得(どうて)を道取するに、玄沙の道(どう)は「尽十方世界是一顆明珠、用会作麼(ようういそも)」なり。この道取は、仏は仏に嗣(し)し、祖は祖に嗣し、玄沙は玄沙に嗣する道得なり。嗣せざらんと回避(ういひ)せんに、…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その十

岩波文庫184、185ページ「「学人如何会得(がくにんしゅおういて)」。この道取は、たとひ僧の弄業識(ろうごっしき)に相似(そうじ)せりとも、大用現(だいようげん)、是大軌則(ぜたいきそく)なり。すすみて一尺水(いっしゃくすい)、一尺波(いっし…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その九

「「是一顆珠(ぜいっかめいしゅ)」は、いまだ名にあらざれども道得(どうて)なり、これを名に認(にん)じきたることあり。一顆珠は、直須万年(じきしゅばんねん)なり。亙古未了(かんこみりょう)なるに、亙今到来(かんことうらい)なり。身今(しん…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その八

「「尽十方(じんじっぽう)」といふは、逐物為己(ちくもついこ)、逐己為物(ちくこいもつ)(物を逐(お)ひて己(おのれ)と為し、己を逐ひて物と為す)の未休(みきゅう)なり。情生智隔(じょうしょうちきゃく、情生ずれば智隔たる)を隔(きゃく)と…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その七

岩波文庫183、184ページ「いま道取(どうしゅ)する尽十方世界是一顆明珠、はじめて玄沙にあり。その宗旨(そうし)は、尽十方世界は、広大にあらず微小(みしょう)にあらず、方円(ほうえん)にあらず、中正(ちゅうしょう)にあらず、活鱍々(かつぱつぱ…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その六

岩波文庫183ページ「師、来日却問其僧(師、来日却つて其の僧に問ふ)、「尽十方世界是一顆明珠、汝作麼生会(尽十方世界は是れ一顆の明珠、汝(なんじ)作麼生(そもさん)か会せる)」。 僧曰、「尽十方世界是一顆明珠、用会作麼(ようういそも)(尽十方…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その五

岩波文庫182、183ページ「つひにみちをえてのち、人にしめすにいはく、「尽十方世界、是一顆明珠(じんじっぽうせかい、ぜいっかめいしゅ)。 ときに僧問(とう)、承和尚有言、尽十方世界是一顆明珠。学人如何会得(承るに和尚言へること有り、尽十方世界は…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その四

岩波文庫181、182ページ「ひごろはつりする人にてあれば、もろもろの経書(きょうしょ)、ゆめにもかつていまだ見ざりけれども、こころざしのあさからぬをさきとすれば、かたへにこゆる志気(しいき)あらはれけり。雪峰も、衆(しゅ)のなかにすぐれたりとお…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その三

岩波文庫181ページ「雪峰さらにとふ、備頭陀なんぞ徧参(へんざん)せざる。師いはく、達磨不来東土、二祖不往西天(だるまとうどふらい、にそふおうさいてん。達磨東土に来らず、二祖西天に往かず)といふに、雪峰ことにほめき。」 雪峰義存禅師はさらにたず…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その二

岩波文庫181ページ「あるときあまねく方を参徹せんため、嚢(のう)をたづさへて出嶺(しゅつれい)するちなみに、脚指(きゃくし)を石に築著(ちくじゃ)して、流血し、痛楚(つうそ)するに、忽然(こつねん)として猛省していはく、是身非有、痛自何来(…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 一顆明珠その一

岩波文庫180ページ「裟婆世界大宋国(しゃばせかいだいそうこく)、福州玄沙山院宗一大師(ふくしゅうげんしゃさんいんそういだいし)、法諱師備(ほういしび)、俗姓者謝(ぞくしょうはしゃ)なり。在家のそのかみ釣魚(ちょうぎょ)を愛し、舟を南台江(な…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その九十

前回までで行仏威儀の巻は終わり。 坐禅して大宇宙の真理と一体となって行動する。その時には、全天全地が真実・真理を示ている。本来大宇宙の真理に満ち溢れているのだが、坐禅した心身でないとそのことは分からない。坐禅して大宇宙の真理と一体となって行…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その八十九

岩波文庫178、179ページ「しかあればすなはち、三世の諸仏は三世に法をとかれ、三世の法は三世に仏にとかるゝなり。「葛藤窠(かっとうか)」の「風前」に「剪断(せんだん)」する「亙天(かんてん)」のみあり。「一言(いちごん)」は、かくるゝことなく…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その八十八

岩波文庫178ページ「よろこぶべし、この皮袋子(ひたいす)、むまれたるところは去聖方遠(こしょうほうおん)なり、いけるいまは去聖時遠(こしょうじおん)なりといへども、亙天(かんてん)の化導(けどう)なほきこゆるにあへり。いはゆるほとけ法をとく…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その八十七

岩波文庫178ページ「いま圜悟さらに玄沙に同ぜず、雪峰に同ぜざる道(どう)あり、いはゆる「烈焔亙天(れつえんかんてん)はほとけ法をとくなり、亙天烈焔は法ほとけをとくなり。この道(どう)は、真箇これ晩進の光明なり。たとひ烈焔にくらしといふとも、…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その八十六

岩波文庫177ページ「圜悟(えんご)いはくの猴白(こうはく)と将謂(しょうい)する、さらに猴黒(こうこく)をさへざる「互換(ごかん)の投機(とうき)」、それ神出鬼没なり。これは玄沙と同条出すれども、玄沙に同条入せざる一路もあるべしといへども、…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その八十五

岩波文庫176ページ「たどらんとするに、箭鋒相拄(せんぶしょうしゅ)せり。火焔は決定(けつじょう)して三世諸仏のために説法す。赤心片々として鐵樹花開世界香(てつじゅせかいこう)(鐵樹、花開いて世界香(かん)ばし)なるなり。且道(しゃどう)すら…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その八十四

岩波文庫176ページ「又いはく、於我滅後(おがめつご)、聴受此経(ちょうじゅしきょう)、問其義趣(もんごぎしゅ)、是則為難(ぜそくいなん)。 (我が滅後に於て、此の経を聴受し、其の義趣を問ふは、是れ則ち難しと為す。) しるべし、聴受者もおなじく…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その八十三

岩波文庫175、176ページ「釈迦牟尼仏のいはく、若説此経(にゃくせつしきょう)、則為見我(そくいけんが)、為一人説(いいちにんせつ)、是則為難(ぜそくいなん)。 (若し此の経(きょう)を説かんは、則ち我を見ると為(な)す、一人の為に説くは、是れ…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その八十二

岩波文庫175ページ「諸仏は機に逗(とう)ずる説法ありとのみしりて、諸仏聴法すといはず、諸仏修行すといはず、諸仏成仏すといはず。いま玄沙の道には、すでに三世諸仏立地聴法といふ、諸仏聴法する性相あり。かならずしも能説をすぐれたりとし、能聴是法者…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その八十一

岩波文庫174、175ページ「玄沙の道かくのごとくなりといへども、参学の力量とすべきところあり。いはゆる経師論師の大乗小乗の局量の性相にかかはれず、仏々祖々正伝せる性相を参学すべし。いはゆる三世諸仏の聴法なり。これ大小乗の性相にあらざるところな…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その八十

岩波文庫174ページ「三世諸仏の聴法は、諸仏祖の法なり、他よりかうぶらしむるにあらず。火焔を法と認ずることなかれ、火焔を仏と認ずることなかれ、火焔を火焔と認ずることなかれ。まことに師資の道(どう)なほざりなるべからず。将謂赤鬚胡(しょういしち…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その七十九

岩波文庫174ページ「玄沙もいまだいはず、転法輪はこのときなりと。転法輪なしといはず。しかあれども、想料すらくは、玄沙おろかに転法輪は説法輪ならんと会取せるか。もししかあらば、なほ雪峰の道にくらし。火焔の三世諸仏のために説法のとき、三世諸仏立…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その七十八

岩波文庫173ページ「玄沙の道(どう)に、「火焔為三世諸仏説法、三世諸仏立地聴(かえんいさんぜしょぶつせっぽう、さんぜしょぶつりっちちょう)」といふ、これは火焔たとひ「為三世諸仏説法」すとも、いまだ転法輪すといはず、また三世諸仏の法輪を転ずと…

正法眼蔵がなければ死んでいた 私にとっての正法眼蔵 行仏威儀その七十七

岩波文庫173ページ「雪峰の「在火焔裏、転大法輪」、かならず委悉(いしつ)に参学すべし。玄沙の道(どう)に混乱することなかれ。雪峰の道を通ずるは、仏威儀を威儀するなり。火焔の三世諸仏を在裏せしむる、一無尽法界・二無尽法界の周遍のみにあらず。一…